Self Service

(勝手に)ART-SCHOOLやSPITZやGRAPEVINEの楽曲を全曲解説するBLOGです。
<< June 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

- | permalink | - | - | - | -
<< 『Lifetime』 | main | 『オーロラになれなかった人のために』(Rewrite) >>

『Here』

GRAPEVINE
ポニーキャニオン
(2000-03-15)

 
『Lifetime』で『退屈の花』畑から抜け出て、日常それそのものを見据えたGRAPEVINEは、セールス的な後押しも加わって、より地に足をつけて初期の彼らの確固たるスタイルを確立しようとした。

そんな中でリリースされた3rdアルバム『Here』は、タイトルが示すように『Lifetime』や「Lifework」的な日常それそものから、さらに目を凝らした当時の彼らにとっての(有り体に言ったところの)「今ここ」に目を向けたもの。

早くもここでは初期のVINEの一つの完成系とも言えそうな感覚がみられる。
『覚醒』や『退屈の花』で見られた、気怠い倦怠と溺れきることも捨て去ることもできないまま絡まる関係を通り越して、時代への澄んだ瞳はそのまま、今ここを認めていくといったように、本当に大人になっていくための通過儀礼のような作風で、改めて聴き返しても彼らのキャリアの中で最も「安定して優しい」アルバムになっている。

こう書いてみるとVINE独特のシニカルなスタイルや毒づく田中の目線が薄れたのではないかと思ってしまいそうだが、その心配も全くなく、相変わらず秀逸な審査眼で達観したような目線はあるし、むしろ情欲の濃さや強度はより濃くなっている。しかしそれらを、あたかも達観してすまし顔で歌ってしまいそうなデビュー当初のひっくり返った諦観のために使うことでなく、「ここ」を祝福するためにエッセンスを抽出しているかのようだ。

それらを踏まえて、改めて収録曲を眺めてみれば、彼らにしてはそれまで見られることのなかったエクスキューズなしの応援を込めたラブソング「想うということ」があるかと思えば、その真裏とも言えるようなまでにセクシャルな名曲「リトル・ガール・トリートメント」があったり、一聴すると日々の憂愁を優しく包み込むようでいて歌詞を見ると隠語に満ちたアンビバレントな「ダイヤグラム」、後にも繋がる田中の露骨な毒づきが見られる「Scare」、(田中のいうところの)ルーツ・ロックやブルース、ファンクなどに影響を受けてきた彼らの憧れをそのままファニーに歌った「南行き」、そして今まで立ってきた「ここ」をゆっくりとでもしっかり肯定して受け止めていくような「here」と一曲ごとの密度は非常に濃い曲が並んでいるにも関わらず、アルバム全体を通して、不思議なまとまりがある。
古い考え方かも知れないが、もし一つの作品を陰と陽の二分法で分けるならば、「陰のまとまり」が秀逸なのが後の『イデアの水槽』だとすると、「陽のまとまり」が秀逸なのがこの『Here』だろう。


このまとまりの良さには『Lifework』の成功を受けて上昇気流に乗って、なあなあに曲作りをしていたバンドに対して田中と西原が待ったをかけて、バンドが結成してから初めてちゃんとメンバーで話し合ってアルバムコンセプトを決めたという事実がある。
当時の田中はRO誌で2万字インタビューを受けているが、その際、コンセプトの一つとして「前向きな気分なんですけど…『前向きにやるしかないからそうやってる』みたいなことですよ。素直に『前向きだぜ!』っていうんじゃない。『俺のこの気持ち悪いのは一体なんだ!』っていう感じですよね(笑)『どうせ誰も教えてくれへんやろうし、これも俺が答え出さなあかんねん!』っていう、そういう新しい方向」に向かおうとしたと語っている。
陽とは言えど、田中の「何にでも責任をとらなければならない」という思いありきで、それでも諸々を受け入れた上でのアルバムになっているので、妙な説得力とまとまりがあるかも知れない。
実際に聴いてみると現実に直面しているがゆえのフラストレーションがむしろ今までにないくらい爆発している曲も多い。

もう一つのコンセプトは『覚醒』の項でも書いたような「アルバムに必ず精液と愛液の匂いを介在させること」。その言葉の通り、この作品の形容としての「新たにクールなGRAPEVINE」と言う言葉はエロティックな響きを持っているし、実際に今までよりも艶かしい曲が多い。


ジャケットはどこか異国のストリートのようなところで撮影された無骨なもので、歌詞カードに記載された歌詞は意図的に改行を一切使わず、文節ごとに「/」記号を使って区切るのみで、一曲通して言葉を羅列するという実験的なスタイル(ちなみにスピッツの頃から、当ブログで使っていた歌詞を引用する時のスタイルは、実はこの『Here』の歌詞カードのスタイルのオマージュです)。正直に言って歌詞が読み辛いが、当時の田中は「自分の歌詞から何か感じてメッセージとして受け取ってほしくない。メッセージになったら責任がとれない」と語っていたので意図して見辛くしているのかも知れない。


何はともあれ、このアルバムで初期VINEは幸福に「ここ」を受け止めることになる…が、次作『Circulator』からは一転。これまでの方法論から一旦距離を置いて新たなスタイルを模索していくことになる。それは長らく共闘してきたメンバーの不在も大きく影響しているかも知れない。


00年3月リリース。

1.想うということ
亀井による曲。
「光について」に続く哲学的な匂いを感じさせるタイトルが光るが、それに負けないくらい今までのVINEでは歌ってこなかった優しい言葉とメロディが重なっていくラブソングになっている。
プレイボタンを押してすぐに流れ出るパワーポップなまでに、メロディアスなギターとベースの兼ね合い、それを支えつつも明るく弾むドラムがこのアルバムの陽の在り方を示唆しているかのようだ。全編のサウンドもいわゆるJ-POP寄りというか、邦楽ロックシーンっぽい若々しくあるが(と言うか実際に当時若いのだが、これまで玄人じみた曲ばかりリリースしていたので。苦笑)、無理をしている感じもない。
<<君が何かを想って/ぶつかるなら/明日にはええ/明日には消えそうです/君に足りないものが/もしあるなら/他人には そう/他人には見えない>>という、あまりに明け透けなまでに向けられた「君」への祈りのような歌い出しが特に秀逸だが、歌詞は全編これまでのVINEは!?と突っ込んでしまいたくなるくらいに優しいラブソング(とは言え、純粋なラブソングと言うよりは「君」を祝福するための応援のテーマのようだが)。実際に恐らく今までのVINEのキャリア全体から見ても最も力強く優しい曲の一つではないだろうか(他にも「公園まで」や「それでも」などがあるが、それらは力強いと言うより繊細だ)。
<<現在の向こうへ/放り込め>>、<<Just turn around/振返ればいつも誰かが笑いかけていて/君が何かを想って/痛むなら/いつになく優しく振る舞えそうです>>は、それぞれこのアルバムのテーゼの一つである「ここ」をどうにか受け止めること、振返り気付いていくことが明確に歌われていて、この曲が1曲めである所以をまじまじと感じさせてくれる。
タイトルは後に青年漫画誌で活動している犬上すくねの短編集のタイトルに借用されている(それに収録された短編の一つは「おくびにも出せない」。言わずもがな後の「here」の一節からの引用だ)。


2.Reverb
亀井による曲。7thシングル。
アルバムヴァージョンではあるが、シングルのそれとほぼ差はないとみて良い。ベースの音圧が増しているくらいだ。
シングルではあるが、次曲「ナポリを見て死ね」に繋がるようなフラストレーションに満ちた不穏なサウンドとアニキのギターが鈍く太く情景を映し出すかのように響く様が気持ちを揺さぶられる。
歌詞は、どうしても君に焦がれて、それまでの関係も清算して、また君に向かって、しかしそれは報われず、途方に暮れるといったようなセンチメンタルと言うよりも、溢れ出る情欲の置き場所がなく、やるせなく崩れるようなもので彼らのシングルにしては、どちらかと言えば暗めである。
ここでは早くも後に大々的にフィーチャーされ、彼らの大きな武器の一つになる田中特有の言葉遊びの片鱗を見せている。<<魅かれていく身体 抑えられない>>というのっけから情欲剥き出しの歌詞だが、実際に聴いてみると「魅かれていく」よりも「イカれていく」に近く発音している。これで歌詞を見て視覚的には「魅かれる」、聴覚的には「イカれる」という二重の意味付けが作為的になされており、ついつい「イカれる所以は魅かれるからか」と深読みさせてしまうのが、田中トリック。これは中期VINEでよく取り上げられた特徴であり、今でも使われる手法だ。
<<痛みを断ち切る恋じゃなく/君を失うよりはいっそ/目を閉ざして>>という言葉が危うげだが、これも「痛みを断ち切る」といったようなエクスキューズなしで「君」に立ち返るための通過儀礼的とも言える。
初期の曲の中では今でもライブでよくプレイされるシングル曲だ。


3.ナポリを見て死ね
田中による曲。
タイトルはイタリアのことわざ「ナポリを見てから死ね」(死ぬ前にはマストで見た方が良いくらいナポリは綺麗な場所だよ、ということわざ。ちなみに今のナポリは酷く汚くなっているようで残念。苦笑)から取られている。
前曲の不穏なサウンドから引き続き、ゴスっぽい艶かしい響きさえあるミドルがブーストされたベースラインとフィードバックで満たされたサウンドは、田中の怒りを増幅させることに一躍買っている。
意図的にイタリアのことわざを皮肉っぽく借用した痛烈なタイトルが示すように、歌詞は出来合いの、えせブルースを歌う偽物とそれに騙される人々への嘲笑がテーマとなっている。
<<餌付けは日に三度/すぐ壊れちゃうからねえ おまえら>>という痛烈な歌い出しから<<まさかそりゃないよねぇ?/嫌がってストッキング脱げる人?>>とセクシャルなフレーズが断片的に切り出されているが、ここでは賛美としてのセクシャルではなく、むしろ主従関係に似た「気色の悪い偽物の関係」を暴こうとしている。
<<原因はほら/全て他人のせい所為/えせブルースにしてうたう>>という感じは、全ての行為は全て自分で責任を払わねば、という田中の半ば脅迫じみた観念からすれば許せないものだろう。またブルースに多大なる影響を受けた彼らが「えせブルース」と歌うことは明確に怒りを露にしていることを示唆しているかのようだ。
この警笛の感覚は後に「(All the young) Yellow」などでさらに露骨になっていくし、「えせブルース」の方は「R&Rニアラズ」で冗談っぽく昇華している。


4.空の向こうから
リーダーこと西原による曲。
後に「Blue Back」などで見られる、亀井とはまた違ったポップセンスを持つリーダーのセンスはこの「空の向こうから」で、重たかったアルバムの流れを一掃している。
彼らの中でもギターポップ調のポップス色の強いサウンドはサビの暖かな空気を持ってアルバムの緩急としても機能している。
歌詞は『Lifetime』でも見られなかった君へとちゃんと向き合いながら君に優しく歌いかけるような「想うということ」から繋がる君への応援歌的なラブソング。
<<似合わない手紙よこすのは離れているせい?>>など、君から離れていることが思わせるが、「遠くの君へ」のような、いつかは破綻しそうなまでの振り切ったものでなく、しっかり君に届いている曲。


5.ダイヤグラム
田中による曲。
後の「アイボリー」や「その日、三十度以上」などを思わせるシックで可憐なアコギの響きからバンドアンサンブルへと繋がっていく風通しの良い曲。それだけでなく間奏では軽いストリングスもフィーチャーされている。
少々『Lifetime』の日常そのものの感覚を残しつつ、僕と君の、届きそうで、いつもあと一歩で見失うような、やるせない日々を優しい言葉で描く…はずだが、間奏のヴァース部分では唐突に<<おまえら×××/終わりなどない/×××/×××…>>と毒づいている(ここは一切公表されていないが、恐らく「おまえらもう少しで間違いに気付く?/終わりなどない/おお 乗り過ごしたい?/ダメだぜ」と歌っているのではないだろうか)。ここでの「おまえら」は、「ナポリを見て死ね」の「おまえら」に近いものだろうか。


6.Scare
リーダー曲。
ここにきて、このアルバムで今まで抑えていたファンクを昇華した黒っぽい曲。アニキがかき鳴らすソリッドなカッティングとワウが交互に続くギターとカウベルのようなものを叩きまくっているようなパーカッションが、これまた田中のフラストレーションをさらに喚くように歌わせることに成功している。
歌詞はアダルトな恋愛の中で、<<君だけが微笑むのさ>>と思えてしまうまでに、いじらしい彼女との情事で、君の末恐ろしさに思わずたじろいでしまうような様を歌ったもので、何と言っても<<ガキには理解るめえ>>というべらんめえ調の焦燥が『退屈の花』とは違った君に向き合った結果という感じだ。
君は結局、自分のものにはなりそうにはないどころか、むしろ僕を挑発して翻弄するかのようで、その様はどこかスピッツ「ナナへの気持ち」的な奔放な女性を思わせもするが、あちらはナナちゃんにハマりながらもどこか醒めているが、こちらは君と向き合って折り合いをつけようと奮闘すればするほど君のドツボにハメられていくという苛立ちが見え隠れするようで面白い。


7.ポートレート
亀井による曲。
サウンドだけ聴けば、このアルバムで最もポップな曲だが、ハモンド・ピアノの反復するフレーズとアニキの深くモジュレーションをかけたギターがどこか異国情緒を感じさせる曲だ。
また「想うということ」で部分的に見られたVINEには初めての「です/ます」調が大々的にフィーチャーされた曲でもある。
歌詞は少女漫画のような、それでいて、ませた少年漫画のようなもので、海に繋がる道の上にある家でずっと記憶の片隅を漁りながら君の「ポートレート」を描くというもの。「想うということ」同様、これもほぼ歪みのないラブソングに近いだろう。
毎日絵を描いて人並みを見て過ごすが、その中で君の記憶が微妙になっていき、記憶を手探りで探す内に君への想いもましていき結局、絵は完成寸前だが…君には見せられないような代物になってしまったというようなスピッツのようなキュートな世界観が楽しめる。


8.コーヒー付
リーダーこと西原による曲。
1分半のアルバムの(LPでいうところの)B面に裏返した時に一旦の箸休めとなるような夢見心地なギターとグルーヴィーなベース、そしてクローズド・ハイハットとリムショットとバスドラムだけの質素なバンドアンサンブルに全編ファルセットの田中の歌声が乗る午後の一時のような曲。
「コーヒー付」というタイトル通り、午後のカフェ(「覚醒」の「全て嘘を話した」カフェのような)を思わせるような食器が軋む音がエフェクトに使われており、全編を通してアンビエントな雰囲気もある。
天気も曖昧な午後のカフェで君と過ごすが…<<どういう顔すればいい?/…黙るわけだ>>とあるように、どこかギクシャクした関係を感じさせるどこかエロティックなもの。そして、その感性は続く名曲で爆発する。
「ふれていたい」のシングルのB面にライブver.が収録されている。


9.リトル・ガール・トリートメント
このアルバムで初めてのアニキによる曲であり、シングルでないにも関わらずファンからの評価が非常に高い名曲(後にファン投票のベスト盤にも収録された)。
「スパイダー」の項ではそれを、「スピッツの毒性に気付かないようなリスナーでも明らかに分かるくらいのセックスソング」としたが、VINEではこの曲。まさに、VINEの毒性に気付かないようなリスナーでも明らかに分かるようなセックスソング。ほぼ全編セックスソングで埋められた『退屈の花』をリリースしてきたようなVINEのキャリアの中でも、現在から見てもここまで明らかにセックスソングと示されている露骨な曲はこの曲と「嘘」くらいだろう。ただ「嘘」が最も露骨なのに比べると、こちらは、その露骨ながらも強かに見え隠れする感覚も含めて非常に秀逸。
<<愛でていた渇望のようなメロディー 嫌気がして>>と歌い出しから、『退屈の花』っぽくも感じるが、その後は『退屈の花』とはまたちがった「疲れる関係」を描いている。
<<冷えてく体をもう一度だけ 冷やかしとく/燃え尽きる度に>>、<<萎えていた欲望の有様に 日が差し込む/取り憑かれたように行ったり来たりする>>とメロ部分から既にエロティックだが、ヴァース部分は<<リトル・ガールよ待ってな/今夜なら決して見つからないぜ/行くぜ>>とライブのような感覚をもって昇華され、やたらとポップな躍動感のあるサビでは<<君が言う君に熱くなる/君がわかってないなんて/夜が昼より明るくて(夜が昼よりもきつくて)/それが分かってない二人>>である。さすがにここまで露骨な情事を描いていたら言い逃れ出来ないだろう。
また、ただの情欲だけでなく<<地味なエスコートだ エスプリの方が目を覚ましちゃう>>とか<<君を見る度優しくなる/君は分かってないよ/まるで>>といった、まさに「醒めたエスプリ」由来の皮肉っぽい優しさが歌われていて尚更憎い。
さて、それまでにただ情事を歌うだけならこの曲は、ライトなファンからコアなファンまで高い評価を得られていないだろう。例えば、彼らの他の曲において、ライトなファンからコアなファンまで高評価を与える曲は、「光について」「望みの彼方」などだろうか。これらは抽象的な歌詞ながらある種、分かりやすい魅力を持っている。それは、『Lifetime』のそれぞれの記事を参照していただきたいが、この曲はそれらの曲のもつ抽象性とは違うフェイズである。
ここで、2つ解釈が考えられる。どちらの解釈にせよ、この曲の僕と君(リトル・ガール)の関係は、期限付きで会う時間が予め決められている恋仲である。さらに言えば、恋と言うよりも歌い出しのようにお互いを心底では「渇望」しているのに近い関係だ。
1つは従来通り、浮気のような関係かセックスフレンドに近い関係か…どちらにせよ所謂「禁断の恋仲」とみる見方だ。君は君に自信がない。だからこそ、それを励ますためにも君へ讃歌のように歌っている(<<君が言う君に熱くなる/君が分かってないなんて>>…ちなみにこの「君」と「君」の関係性はこの曲の世界観を継承している感覚のある「嘘」でもサビで使われている)のだ。でも「僕」側がそんなに入れこんでしまってはマズい…にも関わらず、「君を見る度優しくなる君は分かってないよまるで」なんて言っちゃう。「失敗だ」と自分に言い聞かせるような微妙な二人の醜くも優しい関係を歌った曲であるという解釈。
もう1つの解釈は、これは端的に言ってこれは、風俗通いの歌だ。<<「またのお越しをお待ちしています」>>は明らかに店員さんとお客さんの関係を表している(また<<地味なエスコートだ>>や<<派手なミス・キャストだ>>なども)し、そういった場所に足を運んでいるからこそ、(本妻?にあたる人からは)<<今夜なら決して見つからないぜ>>と思ってしまうのだ。
さて、どちらだろう。『退屈の花』の「涙と身体」の項でも書いたが、自分のプライベートの周囲でVINEのファンはほとんどが女性だ。今まで、あえて彼女らに、これらを「女性側からみてどうでしょう?」と提示してきたところ、ほぼ完璧に2通りに分かれてきた。
これら「どちらも」を歌っていると考えて良いだろう。まったく、こんな曲を考えるのは<<っんとにI'm so tired>>な心境だ(褒め言葉です)。
非常に余談だがあまりにサビのポップさと毒のマッチングがツボで個人的には、たしか高校時代に着メロにしたいた記憶がある。


10.羽根
連ちゃんのアニキ曲。6thシングル。
初期の彼らの曲にしては歌詞は少なめだが、サウンドは「Reverb」同様、『Here』のシングルを思わせる骨太なもの。またこの曲はPVが彼らにしては、結構陰鬱なので是非観てみてほしい。
歌詞の方はある程度『Lifetime』の延長線上にある感じで(実際に『Lifetime』期から大体の構成はできていたという)はあるものの、当時の各メディアからは「羽根を広げる」と今までのVINEには見られなかった兆候を何度も指摘されていた。確かに、今までのVINEにおいて羽根を広げるのはどちらかと言えば君の方だった(例えば「Paces」のように)。
とは言え、この解説のイントロダクションに引用した当時の田中の「前向きにならないといけない感じ」を踏まえて聴くと、それほど突拍子もない曲には聴こえない。どちらかと言えば、田中が語っている通り、「羽根を広げる」というポジティヴな感覚をむしろ、イノセンスから遠ざかる行為のようにも書いているからだ。
個人的な話では、VINEで初めて聴いた曲がこの曲だった気がする。中1,2の頃だったので記憶が定かではないが、たしかこの曲だったはず。


11.here
亀井による曲。彼らとしては初めてのアルバムのタイトル・トラック。
まさに書いてきたような、「ここ」を受け止めるための讃歌として盛大に鳴り響くバンドアンサンブルが素晴らしい。
<<柔らかな手を離されて泣く夢/生まれたこの気持ちはどこに埋めよう>>と歌い出しから、「熱の花」のような「見捨てられた花」としての恐怖から、逆説的に、「今ここ」の君や家族を受け止めて、そのかけがえのなさに気付かされるという曲。とはいえ、田中なので、非常にシニカルな讃歌にもなっているが、かなり肯定的な曲であるのは確かだ。ちなみに、このアルバム最後で「ここ」を改めて歌う事でどうにか希望を見いだしていく構成は後に『Another Sky』や『イデアの水槽』で研鑽されて表れるので、この曲ができた事は大きかったのではないだろうか。
ちなみに、田中によると<<君や家族も/傍にいる彼らも/この街も あの夏も/すべてはこの腕に抱かれていて>>の「彼ら」とは「バンドメンバーのこと」とのこと。<<あの夏も>>と歌っているように、「今ここ」にいたるまでの完了してきた過去もまた隣人たちから帰納的に見いだし受け止められている。
前作『Lifetime』では、「望みの彼方」のような抽象性をもった自らを鼓舞するような曲がさらにここで説得力をもって歌われることで、『Here』は一旦、完結する。
ちなみに前述のように、<<怖いけどそれはおくびにも出せない>>の一節は、犬上すくねが短編集『想うということ』の作中で「おくびにもだせない」というタイトルの短編を書いて引用している。


12.南行き
亀井による曲。
次作『Circulator』とこのアルバムは最後の曲はネタ曲と決められている(『Circulator』のバンドスコアのインタビューより)。しかし、『Circulator』のラスト曲「I found the girl」よりは、こちらはまだマトモ、と言うか彼らの少年のような憧れが見えるようなちょっと微笑ましい曲だ。
タイトルから分かる様に、(田中の言うところの)ルーツ・ロック、ブルース・ロック、サイケデリック、カントリーなどなどオールド・クラシックに多大なる影響を受けてきた彼らの憧れのルーツの聖地、米国南部へ向かうぞ!という曲(さしずめオースティン・サイケフェスで有名なテキサスあたりだろうか。ちなみにテキサスには彼らは『From a smalltown』期に、ジャパニーズ・アーティスト・ショーケース・イベント、SXSWで実際に訪れてライブすることになり念願を果たすことになった)。この「南へ向かうこと」は、彼らの思惑を反してか反さないでか、後に彼らにとって一つのキーワードにもなる。後に「B.D.S.」というマジな曲をリリースしたかと思えば、この曲から長年の時を経て、南へ向かうことをテーマにした『真昼のストレンジランド』なんてアルバムまで制作したくらいなのだから。
とは言え、こちらは肩慣らし程度にネタ曲っぽく収まるくらいの力の抜けた曲だ。招集された、超ソウルフルなコーラス隊の黒いコーラスが良い味を出している(まあ<<「みだりに安売りしなくても」>>のコーラスの「安売り〜♪」は思わず笑ってしまうが。苦笑)。
歌詞は米国南部を目指しつつも、夢見るだけで、こっちでの生活はダメダメな青年のような感性で面白い。
<<朝はいつもアメリカン/お砂糖は使ってるふう>>とダンディな感じを出しつつ続くのが<<気になっていた胃の調子庇いつつ>>というトホホ感。笑 <<「まわりの他人は皆やってんの」/言い聞かせましょう/本当はすごいの持ってるぞ/こういうの>>のやたら1人で意気がってる感じや、<<今日も好印象で/右側走っていこう/免許は持て>>という1人ノリツッコミがまさに少年っぽい感覚で可愛らしい。<<脱がされるのも慣れなきゃ>>もセクシャルな感じというよりも、むしろ、こんなこと歌っちゃってるぞ!と背伸びしている感じがする。
<<涙も少しはこぼれるさ/理想はもうちょっと上/嫌がられて結構/もう後に引けん>>と勝手に突っ込んでいって終わりで面白い。
ちなみに<<まだブレーキはかからぬ/ガソリンの値段変わらんから大丈夫>>あたりが後に「B.D.S.」に昇華されている。
GRAPEVINE | permalink | comments(0) | - | - | -

スポンサーサイト

- | permalink | - | - | - | -

この記事に対するコメント

コメントする