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(勝手に)ART-SCHOOLやSPITZやGRAPEVINEの楽曲を全曲解説するBLOGです。
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『退屈の花』

GRAPEVINE,田中和将,ホッピー神山
ポニーキャニオン
(1998-05-20)

 
前作にあたるデビュー・ミニアルバム『覚醒』では、新人とは思えないほどの諦観とやるせない時間、そして浮き世に対する秀逸な審査眼を垣間みせたGRAPEVINEだが、このデビュー・アルバムでは、早くもその大人びた諦観と同時に無邪気さゆえの残酷さに、2人でどこにも飛び立てずに踞る時間や1人でただ相手を思いつつもそんな自分を自分で冷静に眺めているような冴えた時間を歌っている。

何と言ったってタイトルからもう秀逸だ。
『退屈の花』。
これは、デビュー初期の彼らのスタンスを表していると同時に、退屈と倦怠の花が咲き誇る様が、新人としてカウントできないのではないかと思わせるほどの色気を持っていることの証明でもあるようだ。

前作同様、ブルース、カントリー、ファンクといった米国南部の音楽に影響を受けたサウンドも、また玄人くさく花開いている。
またジャケットも彼らには珍しくヨーロッパ風の庭園を歩くメンバーと流れるような文字が花々の萌芽を思わせる。


その上で、このアルバムの素晴らしいところは、現時点で彼らのキャリアの中でも、アルバム中、ほぼ全編(広義の)セックスソングで展開されていることである。
しかし、セックスソングと言えど、彼らのそれは、例えば、スピッツが歌うような無邪気なグロテスクとそれを彩るキッチュな世界でも、ART-SCHOOLが歌うような厭世をも匂わせるような不器用でエロティシズムが増幅されるような世界でも、ない。彼ら、と言うよりも田中の歌うセックスソングは、「日常にある性」を歌っている。
一見すると、それは、普通のことかも知れない。
しかし、多くの日常のセックスがそうであるように、彼らはその内に潜む倦怠や怠惰、堕落といったものを、ロマンチックな言葉ではなく、ただ淡々と歌うのだ。ドラマティックな感覚や胸がキュッとなるような感覚で、歌われるセックスソングも多い中、彼らはどこにも到達しない2人の関係をデビュー早くも歌っているのが末恐ろしいようでもある(これもまた前作同様、オッサンくさいとも言えるが。笑)。
もちろん「君を待つ間」や「遠くの君へ」のような純粋なラブソングもあるので、全てが広義のセックスソングとは言えない(まあ「君を待つ間」は、本項でも書いているように性愛関係を超えた上でのラブソングとも言えるが)。


また、前作でもデビュー早々にして「浮気の曲」と明言化された「恋は泡」が収録されたが、このアルバムで歌われている多くの「2人の関係」も実は、正式な恋人同士とは言えない関係が多く描かれていることもまた、特筆すべきだろう。恋人がいるのにどこかで誰かについ惹かれているような関係や言葉にすればたちまち崩れてしまうような2人の関係、惹くでも惹かれるでも駆け引きとさえ言えないような関係、様々な関係が描写されるが、実はそれは「少女漫画のようにはいかない」リアリティをもった冴えない関係そのものでもある。

少女漫画、と書いたが、往年の少女漫画では(少なくとも自分が少女漫画を読み始めた00年代半ばのそれでは)よく恋に落ちる瞬間などに花びらが舞い散ったりするようなキュートな演出がなされることが多い。そこで面白いのは、「歪つな」あるいは「奇妙な」もしくは「(遠目に)セクシャルな」2人の関係を描いている、このアルバムもまた花びらが舞っていることだ。

しかし、それは少女漫画に描かれるような、恋の喜びの花ではない、ここに咲いているのは『退屈の花』である。

2人で溺れきることもできず、どんな身に絡まっても明日思う相手もわからず、また自分自身の気持ちさえも判然としないまま、関係は複雑になる。にも、関わらず複雑化した関係の無変化な日常は終わることなく続いていく。そして、その全てがセクシャルでありながら、その全てにどこかで飽き飽きして倦怠を抱いている諦観。それこそが、このアルバムで可憐に汚く凛と咲く『退屈の花』なのだ。

このアルバムについて、田中は『Here』をリリースした頃のインタビューで当時を振り返って、「(『Here』をリリースした)今でも、曲には精液や愛液の匂いは絶対に必要で。それって生きていることをそのまま歌えているってことじゃないですか。『退屈の花』はちょっと作り込みすぎたけど、その生の感覚を一番出せていると思う」といった発言をしている。

たしかに、このアルバムにはどこかで体液の匂いがある。しかし、それが暴力的に落とし込まれるのではなく、その前に自分自身とその関係に辟易し退屈している。それが主題になっているからこそグロテスクで聴きづらいアルバムにはなっていない。むしろ、ここでは「複雑に絡まる関係」をただ淡々と映しているからこそ、虚飾のないありのままの日常がポップに展開されるのだ。

デビュー早々、『退屈の花』を作り出してしまった彼らは次にどの地平を進むのだろうか。

98年5月リリース。ボーナストラックあり。

1.鳥
田中による曲。
プレイボタンを押してすぐ鳴り響く、クランチに歪んだシングルコイルの音色が心地よい。
前作よりもさらにメロディが練り上げられており、バンドとしてのグルーヴもそれに合わせ、よりタイトになっており、アルバム始まりから多彩な音の交わりを体感することができる。
そんなサウンドの上で、繰り出される言葉は、のっけから<<もう飛べないよね/もう羽根は戻んなくなってね/みっともないよね/買被らせて悪かったね>>である。
少し間をおいて、また続くのは<<そう扉開けて/明日からの事を考えてね/満ち足りないので/まず彼女の愛を食いちぎった>>とデビュー・アルバムにしては、露悪的なまでの言葉が続く。
<<君の異存がない上/ぶつかりそうもないさ/鮮やかに舞うのさ/狭い世界に合わせ>>と、聴くとなんだかんだで仲睦まじい2人を連想してしまうが、続くサビでは<<だって臆病な僕等に暖かい家>>、<<たった一つの言葉くらい>>である。
つまりここでの2人は、狭い世界で近づきすぎて、お互いの関係に耽溺し切ることも、逆に離れることもできず、ただ臆病に絡まるだけの関係である。
間接的に閉塞の中の露悪をも感じさせる言葉が続くが、<<求め合うようで求めてるのは僕だったね/少し遅かったね/もう借りた物は返せないさ>>という言葉もあり、むしろ、その露悪さを前面に出すことで中途半端な「内省のパフォーマンス」を退けているようでもある。
また、このアルバムにしては、この曲は観念的な言葉が多いが、その分の有り余ったセクシャルな感覚はアニキのギターソロやアウトロで鳴り響く揺れまくりのギターが補ってくれている。
さて、タイトルにもなっている、「鳥」とは。理論とは、理性に基づくものである。鳥は飛びまわり、彼女の愛を食いちぎる存在である。理論の上を飛ぶ鳥…この感覚は次作『Lifetime』や後に『イデアの水槽』などそれぞれ昇華されている。


2.君を待つ間
亀井による曲(亀井の初作曲した曲でもある)。2ndシングル。
シングルともなったこの曲は、早くも亀井の後にも通じるポップセンスが開花している。実際、メンバーはこれを聴かされてあまりのメロディセンスに、賞賛しまくったというエピソードが微笑ましい。
暖かなベースラインから始まりギターのコードとアルペジオが混ざり合い、それをタイトなドラムが支えるという、まさに初期の彼らの代表曲らしい雰囲気を持っている。
しかし、アルバム2曲めにして相変わらず、と言うか、歌いだされるのは<<会いたくないまま季節は変わり/毎度の会話も軒を連ねた>>である。シングルにしては、いきなり「会いたくない」という言葉もキツいが、実は全編を見ると、セックスソングを超えた上での緩やかなラブソングに落とし込んでいるのが、むしろ優しく暖かい。
最も秀逸なのは、やはりサビの<<柔らかな光に騙されながら行こうじゃない>>という台詞。ロマンチックすぎずドラマティックすぎず、「柔らかな光」に「騙され」ながら行くというのは、スピッツ『フェイクファー』の景色をも思わせる(後にメレンゲが「すみか」において、これも「手のひらの上」同様、どちらかと言えば肯定的に咀嚼して引用している)。
<<細部の愛撫も怠らぬように/大事な道具を壊さないように/経験不足だった恥ずべき僕達は禁断の味わいに溺れた>>と明らかにセクシャルな関係だった2人だったが、それも少し昔の話。「君」はもう来てくれないかも知れない。不安を抱きつつも<<本当はもっとこんな風に話してみたりしたいんだよ/後悔も適当に咲き乱れるなんてわがままだった/かもね/"いきおい"はなしでさ抱き合いたいよ>>と、今度こそ情欲に溺れるのでなく君を見つめたいと真摯に「待ち続ける」曲。
<<やっぱり会ってさ/キスくらいはしたいじゃない>>なんて、思ったりしながら。
そう思うと、このアルバムで最も素直で可愛い曲かも知れない。
非常に余談ではあるが、個人的に昔のガールフレンドに電話を発信した時のコール音を設定できるサービス(たしか待ちうただったっけ)がこの曲になっていて、今でもサビだけふっと聴くと1人で勝手に感傷的な気分になる…(余談過ぎる)


3.永遠の隙間
リーダーこと西原による曲。
変則的なギターとファンクっぽいビートが印象的なイントロである。西原のベースが、グルーヴを支えつつも、華麗に動いていてロー〜ミドルを支えているのが心地いい。また随所で小さく響くオルガンのような音が憂いを増幅させている。
<<汗も涙もすぐに乾く身体になって/もう何年過ぎたか片手では足りぬ位>>の倦怠感のある自分と「君」の関係。後に続く「6/8」や「涙と身体」などと同様、このアルバム、と言うよりもVINEの中でも最もセックスソングとしての色が濃い曲の一つだ。
<<姿勢正すとはつまり/睦み合うフリをして/散々抱きしめ合って/干涸びる事でしょう?>>という一節のように、ここでもあえて露悪的な素振りが見え隠れする。
「思い出並べてる」「あまりに若くあまりに身勝手」な君との<<寝る前の仕事も気持ち良くなりゃしない>>という情景のように、「君」は自分からみてどこか「面倒だけど捨てきることができない」存在かも知れない。
<<愛は救うはずの感動味わうんだってさ>>、<<愛は救うはずない>>と「君」の理想の(「君」の想像上の、と言っても良い)「愛」を求める姿に辟易しつつ、最後には、<<君はそっと暮らしなさい>>と出て行くことを示唆している。この作風は後にB面曲を中心にさらに露骨になるが、こういう露悪さはこの頃が良い意味で結構合ってるのではないかと個人的には思う。
<<いつ終わらせる?どうして?>>、<<話せる?うそつけ/幸せ?もう精一杯>>、<<笑って/過ごして/本当はね/もう精一杯>>とサビ前のヴァースにあたる部分の歌詞が疲弊した自分を的確に表している。
ちなみに、最初のサビで<<あまりに若く/あまりに身勝手>>と歌っているのに、終盤では<<あまり若くはない>>と否定しているのは、前者は「君の『精神的な』年齢」についてのことで、後者は「君の実年齢」についてのことを歌っているからかも知れない。


4.遠くの君へ
アニキこと西川による曲。
フランジャーがかかったギターの吸い込まれるような音色と跳ね回るようなドラムがアップテンポに思えるが、曲としてはミドルテンポだ。
<<いつから好きになって/そしたらムキになった>>と、歌いだしから早速、韻を踏みつつ、恋する気持ちをキュートに表現しているが、全編を通して、このアルバムの中では、露悪さは薄く正直に「遠くの君へ」の思いを歌った曲である。
恐らく、この2人は離れる前は結構な仲だったが、離れてからは付かず離れずの関係を惰性的に続けてしまいがちな関係ではないだろうか。<<新しい兆しだ/形になり出してんだ/哀しむのも飽きてきた/けど君はスマイル>>という一節が端的にそれを表している。
しかし、前曲が「君」の思いが強すぎたのに反して、この曲では逆に自分の思いがあまりに強すぎる感覚があり、前曲がそうであるように、この曲での2人の関係も残念ながらうまくいきそうにない。「ムキになった」のもそうだし、<<この身を削ったってさ空回るのは解ってたんだろう?/君が「断る」たってさ/ありのまま捧げたいんだよ>>も、どこか逆ギレと言うより、自己犠牲に走りすぎているように思える。
全体を通してあまりに主観が強すぎるあまり(<<届かぬ歌唄ってさ/枯れるまで捧げたいんだよ>>、<<いつかはそう/答え手にして/二人は離れられなくなるのさ>>、<<嫌になる程もっと傍にいて>>)、やはり<<無理している>>感がある。そういう意味ではスピッツ「HOLIDAY」のような、どこかストーカーソングをも思わせる。
とは言え、<<聞き足りないと癪で/知ったら胃が痛くて/全て解ってたくて/ただ眠れなくて>>なんて感覚は、恋をしたことのある人なら、誰もが持ったことのある感情ではないだろうか。


5.6/8
リーダーこと西原による曲。
タイトル通り6/8(いわゆるハチロク)のビートの曲で6月8日を表しているのではない(彼らにしては特に作為もなく直球すぎるタイトルのような気もする)。アニキと田中の緩やかに交わるギターと、どちらかと言えば、スローテンポに刻む亀井の6/8のビートが緩やかな曲調に反して先述のように、セックスソングとしての側面が露骨に表れている曲である。
<<水遊び彼女>>とあるように、ここでの「君」はどこかドリーミーな女の子だ。
また、それにも関わらず、<<凍えそうな朝にほら/二人目を覚ませば/続ける暮らしは/まだ壊れることもなく>>や<<回りだす空の下/何もかもが変わらない>>と言ったように、明確に見える倦怠や「退屈」の感覚は、このアルバムの中でも随一と言っても良いだろう。<<凍えそうな〜>>や、このアルバムで最も露悪的かつ露骨な一節、<<「また狩りに出るの?」と足を止める君の声がした>>(狩りって…ド直球すぎる。。笑)に見られるように、2人は同棲関係か経験、少なくともどちらかの家で長い時間を過ごしてきた関係を思わせるような描写があるにも関わらず<<理解などは生まれない>>と田中は何度も繰り返す。
なぜなら、彼らの関係は実は恋人同士の関係ではない(<<いつか結ばれるのなら/それはそれで構わない>>)からである。つまり、ここでの彼らの関係はさしずめ、頻繁に会うセックスフレンドと言ったところだろうか。
<<何もかもがかわらない>>、<<いつもいつも変わらない>>と無変化とその無変化の世界に閉じこもる2人の関係は、虚無的である。まさに、『退屈の花』というアルバムの「退屈」の側面が出ている曲であると言えよう。
ちなみに、<<川向こうのドアは今/固く閉ざされた>>の「川向こう」は、大阪時代、田中が住んでいた北千住周辺の淀川ではないだろうか。


6.カーブ
リーダーこと西原による曲。
今までの倦怠感と少々の重さを振り払うかのような、このアルバムで最もアップテンポな曲。間奏ではアニキの緩やかに暖かいギターの音色が聴ける。
これはスピッツで言うところの「スパイダー」のような、君を連れ去って逃げるような「逃避気味」の曲ではないだろうか。
しかし、ここでの自分はどこか、相手に惹かれられながらも同時に拒絶され気味でもあるような、複雑な関係が示唆される。
何度も繰り返され、タイトルにもなっている「カーブ」は、ある種の「関係の臨界点」を指しているようにも思う。全体的にVINEとしては珍しめの曲で、あまり後に昇華されている感じも少ない。


7.涙と身体
亀井による曲。
このアルバムでは最もセンチメンタルな曲調ではあるが、歌詞の方もそれに負けないくらいセンチメンタルである。
<<触れた事はなかった/いずれ触れるのも解ってた/崩れるのは目に見えてたけれど>>や<<触れたくなどなかった/いつか触れるのも解ってた/溢れるのは君だけじゃないけれど>>と言ったように、ここでの関係は、お互い心のどこかで惹かれ合っているにも関わらず、触れ合ったとしても幸福にはならないであろうことを、お互いに気付いているような関係だ。
しかし、「涙と身体」というタイトルが表しているように、2人は触れ合ってしまっている。
<<雨に合わせ通りすがる夢を見た/睫毛伏せる君は目の前にいない>>と言ったように、繊細な君の描写があるが、それが関係を重ねるごとにどんどん涙で壊れていくような様が、やり場のない思いをわき上がらせる。
<<何を忘れる涙/さよなら言わせたりして/誰に預ける身体?>>と言ったように、所在のなさ故に相手に耽溺するが、それも結局行き止まりと言ったような悲しみに包まれている。
個人的に、自分の周りの女性のVINE好きの友人(さらに個人的には自分の周りには彼らのファンは圧倒的に男性よりも女性の方が多い)にこのアルバムでどれが最も好きかと言う話になるとこの曲か「愁眠」という答えをもらう事が多い。たしかにセンシティヴな女性ゆえの共感を呼ぶ曲かも知れない。


8.そら
リーダーこと西原による曲。1stシングル。
彼ら自身もデビュー当初のインタビューで「新人にしてはかなり地味な曲でデビューした」と答えているように、たしかに、他の曲に比べるとどちらかと言えば地味めの曲調ではあるが、彼らのメロディセンスは、ここでも発揮されている。
後に「風待ち」にも見られるような大人になって、昔の自堕落あるいは溺れきっていた自分たちを苦笑してしまうような感じの曲。
<<無駄に身を重ねたって残ってく物むなしさなんて>>に見られるように、ある程度、自分を客観的に見られるようになっているようで微笑ましい。また、それでも<<「今はサラサラよ」なんて僕には理解不可能で>>という少し残った情欲のようなものが見えて、それも切なく良い。
しかし、全体的にはやはり、<<夢のような夢でもないような日>>が過ぎ行く曖昧ななかで、どことなく進んでいくという冷静ながらも前向きなものが伺える。
そして<<絡み合って離れて/そう/またいつか再会してしまう時/年を取って解ってきたこと語り合って>>と言う、ささやかな肯定感もある。
この曲と次のシングル「君を待つ間」で、退屈を乗り越えようとした彼らの辿り着いた地平が、『Lifetime』だと思うと解りやすいかも知れない。
ちなみに両曲は<<生足はまだうろついている>>や<<寄り集まってきた子供の差し出したご自慢の足に頬染めた>>のように、なぜかやたらと生足感が強調されていて、田中のフェティシズムが見え隠れして面白い。笑


9.1&MORE
田中と西川による曲(ちなみに共作名義のものは、彼らのキャリアの中でこの曲だけ)。
ジャケットの歌詞の下に「*『1&MORE』は、矢野顕子作詞作曲『ひとつだけ』にインスパイアされて制作さしたオリジナル曲ですが、矢野氏本人の許諾の上で一部メロディーを使用しています」とご丁寧に併記してあるように、矢野顕子「ひとつだけ」の歌詞(<<悲しい気分の時も〜>>など)とメロディ(特に原曲のサビにあたる部分はかなり露骨に流用している)とリフ(原曲ではサビ後に鳴るギターのフレーズ)を借用した曲である。とは言え、原曲よりも、かなりパワーポップ気味にパワフルかつBPMを上げてプレイされているので、もちろんのことインスパイアされた別の良曲になっている。
ちなみに彼らは次作『Lifetime』において金延幸子の「青い魚」をカヴァーしたことも受けて、田中は単著『とんと、ご無沙汰。』において、「俺らって意外と女性アーティストにインスパイアされてるよな」と自分でつっこんでいた。
さて、曲の方は、「カーブ」同様あるいはそれ以上にアップテンポで動き回るベースラインと跳ねるドラムがギターを後押しする痛快なもの。
詞の方は、後に「So.」や「ミスフライハイ」などで見られるような荒唐無稽で不遜な女性が歌っているかのような、女性視点にして、意図的に「ムカつく」ような歌詞になっている。
その上で、<<あたしだけが不幸なんて>>など分かりやすいくらい、自己中心的な感じが出て入るものの「So.」や「ミスフライハイ」までに露骨に「嫌な女」と言うよりは、<<悲しい気分の時はあなた以外の誰を求めろと言うのよ/ねえ/答えてよ>>とツンデレ(??)のような部分もあるのが面白いところだ。
それでも原曲がかなり優しいものに対して、それを露骨に意図的に改悪しているところはさすが皮肉屋の彼らと言ったところか(褒め言葉)。


10.愁眠
田中による曲。
タイトルからして素晴らしいが、サウンドも歌詞もアルバム最後の曲にこれ以外の曲はないとさえ思えるほどの隠れた名曲(コアなファンでは、このアルバムと言えば「愁眠」と考える人も少なくないゆえ、ある意味隠れてはいないかも知れないが。笑)。
全編を通してゆるやかで、まさに「憂愁」のまま「眠り」につくような優しげな曲調だが、アニキのギターソロも含めて、むしろその優しさが残酷なまでに映える。
<<言葉にして霞みだす程の記憶なんだ/でもね/いつの間にか/僕には染み付いていたんだ>>から始まる独白のような歌詞は、あたかもアルバムでこれまで関係を結んできた「君」たちのことを思い返しているようだ。そしてその思い返したセンチメンタルな憂愁を抱えて眠りにつく。
<<忘れられるものなど何もない/何処かで君が見つめてる様だ>>というサビがあまりに切ない。退屈と倦怠の時間を無理して過ごしたゆえに、<<立っていられるのはもう少しなんだ/間違いはないのか?/間違いはないのなら/いつもの様な/いつも在る様な/暗い朝/待ち焦がれてる>>という風に最後の仕事(「永遠の隙間」で歌われているような「仕事」)を終えようとしているかのような、ただただ今までの日々や思いを巡りながら君に思いをこらす。
そして<<君が見つめてるなら/見つめてるなら/僕はどんな顔していよう?>>と、最後に主観的はあれど退屈と乖離(<<他人事の夜明け/月はまだ真上にあるのにね>>)の中からどうにか微かな希望を見いだしていく。
少し余談的ではあるが、個人的にこの曲の神髄は最後の<<何処かで君が/見つめてる様に/見下している様に>>という一節に実はあるのではないかと思う。「君が見つめている様に『見下しているように』」なんて言葉で相手を思うアーティストは数少ない。ここでの「君」は見つめてくれる存在でありながら、心のどこかで「僕」を見下している存在だ。あまりに切ないしギリギリのラインだが、田中はここをあたかも当然のように歌いのける。つまり、見つめるという行為と見下すという行為をある程度、等価においているかのようなアンビバレントな感情が「君」との関係において、介在している。それが本当に素晴らしい。






ボーナストラック:熱の花
「愁眠」がこのアルバムで、自他ともに認め得るであろう最も(隠れた)名曲であると書いたが、実はこの曲が名実ともに、本当の隠れた名曲。ボーナストラックと言うよりは隠し曲である。
未完成の曲であり、現時点で誰による作曲かは判明していないが、「君を待つ間」をリリースした頃のツアーのタイトルには、この曲が冠せられていた。
練習風景を思わせる談笑からフェードインで唐突に曲は始まり、そしてこれも唐突に終わるが、まさにThis Is GRAPEVINEと言うべきブルージーなサウンド。しかし、途中から異常なまでにアシッドなミキシングになっており、ドラッギーな曲展開であり、まさに熱と酩酊を思わせる。
歌詞もまた、異常に譫妄的で狂気的である。<<熱にうなされていた/決して許されない願い/明日が雨になればいいさ>>という、厭世的な歌いだしから始まるが、続く<<見捨てられた花は咲き乱れる事を望まない/見捨てられた花/あなたの心の中開いた>>という一節があまりにパラノイックで素晴らしい。「愁眠」から続いているが、「見下している」から「見捨てられた」に至るまでの精神の荒廃具合が、本当の終盤にいきなり病的なまでに開花している。
「見捨てられた花」は既に咲き乱れる(これは明確に「君を待つ間」と同様、情事に溺れることのメタファーだろう)ことを望まないが、その代わりあなたの中で永遠に根をはって巣食い続ける。その観念に支配されたかのような、偏執さが未完成の曲調も相まってあまりにドラッギーに響いて非常に素晴らしい。
全体的なメロディ感は後に「Everyman, Everywhere」で使い回されている。
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