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(勝手に)ART-SCHOOLやSPITZやGRAPEVINEの楽曲を全曲解説するBLOGです。
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『覚醒』

GRAPEVINE
ポニーキャニオン
(1997-09-19)

 
(1年ぶりに更新する機会を見つけられた当ブログ。ずっと全曲解説したくてたまらなかった、個人的にはスピッツやART-SCHOOLに並ぶくらい好きな邦楽アーティスト、GRAPEVINEを取り扱うことにした。改めてlast.fmを見てみると、最もScrobbleしているスピッツの9500再生に次いで、彼らは6500再生しているので、少なくともLast.fmを始めてからは邦楽で2番めに多く聴いてきたアーティストに個人的には、なる。パブリックで書かせていただいたライブレポやレビューも好評で個人的には何よりである。個人的には彼らを聴き始めたのは、中学2年生くらいの頃だっただろうか。オリジナル盤は『イデアの水槽』から聴きはじめたものだった。彼らの魅力については、これから存分に当ブログでも書いていきたいところです)
↑この()の文はある程度の時がきたら消します。


新人とは思えないくらいの練り上げられた楽曲のクオリティと文学的な歌詞、という触れ込みでデビューしたGRAPEVINEの全国デビューミニアルバム。

メジャーからのリリースでありながら(当時主流であった8・12cm)シングルでもフルアルバムでもなく、ミニアルバムでデビューしたのはシニカルな彼らならではのスタイルだ。

ART-SCHOOLやスピッツがそうであるように、彼らもまたデビュー当初から後に全面に発揮される個性的なスタイルをこの時点で既に確立しているように思える。その面で、田中は後のインタビューにおいては、「最初の3枚のアルバムまでの俺は死んだことにしてくれ」といった旨の発言をしていた時期もあったが、そういう訳にもいくまい。
ここには、デビュー初期の彼らの魅力が早くも噴出しているからだ。


通常のバンドとは異なり、メンバー全員が卓越した作曲センスを持つ事でも知られる彼らであるが、このデビュー・ミニアルバム全体としても、オリジナルメンバー全員分の曲が早速収録されていることは特筆すべきだろう。
これまた既に、それからの彼らのスタイルで確立される、渋くファンキーな曲はギターのアニキこと西川が、それをさらに青いメロディにしながらもシニカルな曲はリーダーこと西原が、アメリカ南部のブルーズ的な憂いのある冴え切った曲はフロントマンの田中が、そして彼らとは全く違ったベクトルで並のギターロックバンドでも決して真似することができないほどポップなギターロック曲をドラマーの亀井がしたためている。

当時の第二次テクノブームを通過したダンサンブルなサウンドやヴィジュアル系が流行っていた邦楽シーンからすれば、彼らのブルーズに満ちた楽曲のポップセンスは、デビュー当初からさぞや大人びて聴こえたことだろう(ある意味では、オッサン臭いとも言えるだろうが。笑)。
なお、同時期のデビューにはいわゆる「'97の世代」…NUMBER GIRL、SUPERCAR、くるり、中村一義と言った邦楽ロックのオルタナティヴな可能性を引き出したバンドがいる。
その中でもVINEは「'97の世代」としてでなく、これまた同時期にデビューしたTRICERATOPSと(今でもしばしば)比較されることが多いことからも、彼らの卓越した演奏技術や大人びた風格が評価されたことがうかがえる。


さて、歌詞の方は現在に至るまでと同様、田中が書いている。
これまた、新人とは思えないほど(しかも彼は、邦楽シーンとしては珍しく、メンバーの中で最年少のフロントマンである)大人びており、屈折しつつも世俗への鋭い審査眼と溢れ出る情欲を切ない言葉で切り取っていくという彼のスタイルの一つが早くも顔を覗かせている。
彼の作詞スタイルの多様性とその神髄は後に発揮されるものであるが、これもまたこの時点で既に根本のクオリティの高さと哀愁に満ちた個性が見え隠れしていて頼もしい。
この作風は次作『退屈の花』で早くもある種の開花を見せることとなる。



ジャケットはファースト・サマー・オブ・ラブ期のようなクラシックなサイケデリック風のイラスト。内ジャケは、ART-SCHOOLやスピッツも使ってきた写真を伸ばしつつ転写した作風のもの(浅学なものでこのエフェクトの名前は知りません…苦笑)。クレジットのところが反転しつつ、この転写技法(?)が使われており、ビジュアル的にも往年のサイケデリアを思い出させるようだ。

『覚醒』というタイトルに反してか、反しないでか、アップテンポで大胆な曲はなく、大人びたセンスが見られる。そう、既にこの時点から彼らのエッセンスは「覚醒」しているのだ。

今でも時に折りてライブでプレイされるのは、タイトルトラックの「覚醒」くらいだが、自分が高校生だった頃の10周年記念の野外音楽堂での公演では、このアルバムの再現を演ってみせたという(自分は残念ながら観に行けなかった。これには心から悔やまれる)。

1997年9月リリース。
(デビュー10周年記念復刻版として、B面集『OUTCAST』にも収録されたRolling Stonesから引用されたタイトルも渋い「TIME IS ON YOUR BACK」の初期デモ音源と次作『退屈の花』に収録された「君を待つ間」の初期音源が収録された2枚組として、再リリースされている。そちらはちょうど10年後の2007年9月リリース)


1.覚醒
田中による曲。
目覚ましいタイトルに反してアップテンポと言うよりミドルテンポの楽曲。
イントロから絞り出される田中とアニキのギターがとてつもなくブルージーで早くも憂愁を漂わせる。
そして歌い出される歌詞は<<君は頗るアクティブで訳の解らぬ事を問いかける>>と、のっけから田中特有のシニカルに毒づいたような言葉だ。
続く言葉は、<<全て嘘を話したのは日暮れる殺風景な店>>と後にも繋がる、「嘘の世界で君と戯れる揺らいだ時間」の感覚だ。そう、「君」との時間は、どこかで「全て嘘」なものでもであると田中は既にこの時点でエクスキューズありきではあるものの、見抜いている。
<<貴方色に染まったってやたら身につまされきってたって変わんない>>という一節は、後にRO誌のインタビューで田中は、「俺色に染めてねとか言うてた人も、別れてふとした時に会ったら誰かの色に染まっちゃったりしてる訳ですよ。そう言うのはフェアじゃないと思う。男だって守ってもらいたい時があるし、やるせない時もあるし女の子も染め上げてとか簡単に言えちゃうのはちょっと苦手ですね」と語っている感覚から来ているものだろうか。何はともあれ、この発言ともども、共感せずにはいられない。「貴方色に染まる」ことも含め、誰もが、どこか相手と自分自身を楽しませるための「ポーズ」の側面が必ずあるからだ。
<<「昔はナイーブだった」って〜>>のくだりも、後にB面曲を中心に大いに発揮される、見透かした倦怠ゆえの鋭い指摘が見える。
この時点でも既に『退屈の花』は萌芽寸前なのだ。
それは<<赤く染まっちゃう>>という歌い出しが秀逸なサビで端的に表れている。
<<夢見し夜のコネクション>>においての時間は実は、「本当は誰も信じてないのだろう?」と自らに問いかける虚しい時間であると同時に、明日想う相手さえ分からないという諦念にも似たやるせなさが伝わる。
<<Please let me 目を醒ましてくれ>>に、集約されるように、この曲は「君」の目を覚ますための曲ではなく、諦め疲れた自分の目を覚まさせてくれるように「君」に願っている曲なのだ。


2.手のひらの上
亀井による曲。
後の亀井曲にも繋がるポップセンスがあるが、この時点ではまだその片鱗は見せ切ってはいない。とは言え、それでも、このミニアルバムの中で最もポップな曲であることもまた事実だ。
ギターポップ的なセンスが光るものの、それにのる歌詞は前曲に引き続き、またも倦怠が見え隠れしている。近年では使われることのなくなってしまった田中のブルースハープの音色が切ない(なお、田中は後に公式HPにて「ブルースハープは苦手」で、「この曲も録るとき苦労した」と書いている)。
<<伝わらない物の道理を伝えようとか弱い老体に鞭打つ>>僕と君の不器用な関係。
コードが溢れ出るようなサビで伝わるように<<ただ好きだけじゃ/この手/離れるだけ>>と、「好き」が氾濫する世の中に半ば警笛のように響く達観した感性はこれまた鋭い。
<<恵みの雨/待つのが/何故こんなに虚しいのだろう>>という一節は後にART木下が「ミーンストリート」において借用している。
間奏のブルージーなギターソロは、やるせなさを掻き立てるようで、哀しみが凝縮されている。
<<言葉じゃ簡単なんだけど>>という一節からも分かる通り、全編を通して「好き」という感情だけではどうにも立ち行かなくなってしまうだろう2人の関係の憂いがテーマと言ったところだろうか。実際に田中の指摘通り、「好き」なだけで繋げる手と手は、往々にして、儚い思いに変わっていってしまうものだ(後にこの、「好き」だけで繋がっている関係はメレンゲが「魔法」という曲でポジティブに咀嚼し、これを引用しつつ違う視点を見せている)。
最後に曲全体が回想であることが暗示され、思い出に耽っている自分に<<気がついたら春だったとは>>とふと気付かされる(冬の切なさと郷愁を表した曲は、後のVINEでも多いがこちらは、先に春の訪れを感じているのが面白い)。


3.恋は泡
アニキこと西原による曲。
当時のオフィシャルサイトで田中がブログのような記事に書いていたが、これは明確に「浮気の曲」である。浮気の関係や移り気の多いこと、そして恋人とは言わないまでも言葉にすると崩れてしまうような絶妙なセクシャルな関係を歌った曲はVINEに(他の多くのアーティストよりも明確に)数多くあれど、本人たちがそれを明示している曲は実は少ない。これはそんな明言された浮気ソングの中の一つだ。
ブルースドライバーっぽい哀愁漂うギターが秀逸だが、どこかでカントリーちっくなイントロが背徳の香りを押し出すことに成功している。
浮気の曲の中でも、これは初期の彼ら特有の絶妙な2人の関係を表しており、「君」の隙のある感じを諭しているかのような曲で、<<君はもっとしたたかに振舞わなきゃだめさ>>と田中にしては、珍しく「君」にツッコんで言っている。
ここで歌われている「君」は、どこか、スピッツで言うならば「ナナへの気持ち」のナナちゃんをコギャルでなくしているにも関わらず、よりエロティックな情欲を掻き立てるような存在だ。
そんな芯では移り気な「君」に付き合い、しかもどこかで惹かれている素振りさえ見せる「僕」は、「君」をたしなめることで、どうにか距離を取ろうとしている様が見える実は少し可愛らしい曲でもあるかも知れない。
しかし<<さっきまでずっと黙ってたくせに>><<「アナタにならどんな事でもしてあげるわ」>>なんて言われて、どこかで動揺しない人などいるのだろうか。初期の曲で「君」の描写は少ないにも関わらず、かなりやり手の女性である。
ちなみに<<君がもっと「したたかに」〜>>の部分は、当初は<<君はもっと「しなやかに」〜>>だったと言う。個人的には「しなやかに」の方がよりセクシャルで良かったと思いもしてしまう…苦笑


4.through time
田中による曲。
のっけから、古びたカセットテープから流れているようなギターのストロークと田中のヴォーカルが心地良い。
彼らの曲には珍しく、全編において、英語が使われている率が高い曲ではないだろうか(後の『Twangs』においては全編英語詞の曲もあるが)。
そんな流れるような英語に後押しされて出てくる日本語の歌詞は、後に開花する他のアーティストと違った「光」の解釈を匂わせる歪つなものだ。
全体的に別れ、と言うか引き際の憂愁を感じさせる曲だが、英語と日本語が交差しているあまり、それほど重苦しさを感じさせない。
亀井が鳴らしているのだろうか、メロ部分でバックで響くタンバリンの音色と軽快なアニキのギターが痛快だ。
繰り返し歌われる<<Have we really gone this so far through time>>(僕らは本当にこの過ぎ行く時間の中で、遠くに行ってしまったの?)は、彼らの曲にしては珍しく明確に「別れ」を明言化している。


5.Paces
リーダーこと西川による曲。
約7分にまで及ぶ曲は、デビューミニアルバムに収録する曲としては、一般的に珍しいのではないだろうか。
抑揚をなくしたようなビートが光るが曲的に単調と言うよりも、切なさを演出するためのトリックと言えるだろう。
基本的に前半の諦観からは距離を少しおいた、むしろ前曲を引き継ぐような「別れ」の気配を感じさせるセンチメンタルな歌詞になっている。
<<いつもより彼女はまるでバタフライ>>、<<そんな大きな羽根広げて何処へ行くの?>>のように、君が(ジャケットにも描かれているような)「蝶」のように捉えている。日本語の蝶ではなく、「バタフライ」としているのは、日本の蝶が麗しいか弱いものの象徴であるのに反して、欧米のバタフライは浮気がちな女の子を象徴することと関係しているのかも知れない。
<<いつだってここは昼過ぎのまま/そのPaces>>、「覚醒」の「全て嘘を話したカフェ」は2人が意識し合っていながらも、近づくことも離れることもできず、ただ同じペース(ズ)で平行線上の関係が続く切ない昼過ぎの時間なのだ。

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