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(勝手に)ART-SCHOOLやSPITZやGRAPEVINEの楽曲を全曲解説するBLOGです。
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『Here』

GRAPEVINE
ポニーキャニオン
(2000-03-15)

 
『Lifetime』で『退屈の花』畑から抜け出て、日常それそのものを見据えたGRAPEVINEは、セールス的な後押しも加わって、より地に足をつけて初期の彼らの確固たるスタイルを確立しようとした。

そんな中でリリースされた3rdアルバム『Here』は、タイトルが示すように『Lifetime』や「Lifework」的な日常それそものから、さらに目を凝らした当時の彼らにとっての(有り体に言ったところの)「今ここ」に目を向けたもの。

早くもここでは初期のVINEの一つの完成系とも言えそうな感覚がみられる。
『覚醒』や『退屈の花』で見られた、気怠い倦怠と溺れきることも捨て去ることもできないまま絡まる関係を通り越して、時代への澄んだ瞳はそのまま、今ここを認めていくといったように、本当に大人になっていくための通過儀礼のような作風で、改めて聴き返しても彼らのキャリアの中で最も「安定して優しい」アルバムになっている。

こう書いてみるとVINE独特のシニカルなスタイルや毒づく田中の目線が薄れたのではないかと思ってしまいそうだが、その心配も全くなく、相変わらず秀逸な審査眼で達観したような目線はあるし、むしろ情欲の濃さや強度はより濃くなっている。しかしそれらを、あたかも達観してすまし顔で歌ってしまいそうなデビュー当初のひっくり返った諦観のために使うことでなく、「ここ」を祝福するためにエッセンスを抽出しているかのようだ。

それらを踏まえて、改めて収録曲を眺めてみれば、彼らにしてはそれまで見られることのなかったエクスキューズなしの応援を込めたラブソング「想うということ」があるかと思えば、その真裏とも言えるようなまでにセクシャルな名曲「リトル・ガール・トリートメント」があったり、一聴すると日々の憂愁を優しく包み込むようでいて歌詞を見ると隠語に満ちたアンビバレントな「ダイヤグラム」、後にも繋がる田中の露骨な毒づきが見られる「Scare」、(田中のいうところの)ルーツ・ロックやブルース、ファンクなどに影響を受けてきた彼らの憧れをそのままファニーに歌った「南行き」、そして今まで立ってきた「ここ」をゆっくりとでもしっかり肯定して受け止めていくような「here」と一曲ごとの密度は非常に濃い曲が並んでいるにも関わらず、アルバム全体を通して、不思議なまとまりがある。
古い考え方かも知れないが、もし一つの作品を陰と陽の二分法で分けるならば、「陰のまとまり」が秀逸なのが後の『イデアの水槽』だとすると、「陽のまとまり」が秀逸なのがこの『Here』だろう。


このまとまりの良さには『Lifework』の成功を受けて上昇気流に乗って、なあなあに曲作りをしていたバンドに対して田中と西原が待ったをかけて、バンドが結成してから初めてちゃんとメンバーで話し合ってアルバムコンセプトを決めたという事実がある。
当時の田中はRO誌で2万字インタビューを受けているが、その際、コンセプトの一つとして「前向きな気分なんですけど…『前向きにやるしかないからそうやってる』みたいなことですよ。素直に『前向きだぜ!』っていうんじゃない。『俺のこの気持ち悪いのは一体なんだ!』っていう感じですよね(笑)『どうせ誰も教えてくれへんやろうし、これも俺が答え出さなあかんねん!』っていう、そういう新しい方向」に向かおうとしたと語っている。
陽とは言えど、田中の「何にでも責任をとらなければならない」という思いありきで、それでも諸々を受け入れた上でのアルバムになっているので、妙な説得力とまとまりがあるかも知れない。
実際に聴いてみると現実に直面しているがゆえのフラストレーションがむしろ今までにないくらい爆発している曲も多い。

もう一つのコンセプトは『覚醒』の項でも書いたような「アルバムに必ず精液と愛液の匂いを介在させること」。その言葉の通り、この作品の形容としての「新たにクールなGRAPEVINE」と言う言葉はエロティックな響きを持っているし、実際に今までよりも艶かしい曲が多い。


ジャケットはどこか異国のストリートのようなところで撮影された無骨なもので、歌詞カードに記載された歌詞は意図的に改行を一切使わず、文節ごとに「/」記号を使って区切るのみで、一曲通して言葉を羅列するという実験的なスタイル(ちなみにスピッツの頃から、当ブログで使っていた歌詞を引用する時のスタイルは、実はこの『Here』の歌詞カードのスタイルのオマージュです)。正直に言って歌詞が読み辛いが、当時の田中は「自分の歌詞から何か感じてメッセージとして受け取ってほしくない。メッセージになったら責任がとれない」と語っていたので意図して見辛くしているのかも知れない。


何はともあれ、このアルバムで初期VINEは幸福に「ここ」を受け止めることになる…が、次作『Circulator』からは一転。これまでの方法論から一旦距離を置いて新たなスタイルを模索していくことになる。それは長らく共闘してきたメンバーの不在も大きく影響しているかも知れない。


00年3月リリース。
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『Lifetime』

GRAPEVINE
ポニーキャニオン
(1999-05-19)


名実ともにVINEの黄金期でありセールス的にも最もヒットしたのが、この2ndアルバム『Lifetime』。

前作で倦怠と絡まる関係の辟易を開花させた『退屈の花』の地平から、彼らが進んだ先で歌うのは、『Lifetime』というタイトルが示す(直訳すると、「生涯」。このタイトルは田中による発案で決定した)通り、「日常」それそのもの。

『退屈の花』では、気怠く終わる事のない縺れる関係と情欲さえ諦観のように捉えたような、空虚なシニシズムも持っていた彼らだが、今作では前作のそれをシニカルにではなく、むしろ感情を込めて、コミットしている。
とは言え、もちろん、いつもの彼らのように、どこかでセクシャルな響きや名前を付けてしまえばたちまち壊れてしまう関係や感情などを鋭く指摘しつつ、憂いのブルーズで包み込む描く作風自体は変わっていない。

つまり、彼らの最もヒットした作品である、『Lifetime』は、スピッツの『ハチミツ』のように当初からある彼ら自体の在り方を変えることなく、より濃厚にした結果と言える。
しかし、『退屈の花』と大きく異なるのは繰り返すようでもあるが、田中の歌詞がシニシズムをより排した、日常そのものに退屈や諦観を乗り越えて感情をもってコミットしていることだ。例えば、ここでは『退屈の花』では半ば幻想的に思い返したりした昔の恋人や諦め半分で抱えていた「君」との関係がより現実味をもった上で、「向き合って」描かれている。さらに「光について」のように初めて、自分たちバンドの関係性を歌ったような曲もある。『退屈の花』からリアリズムをもって歌ってきた彼らだが、今作では、地に足が着いて、ただ淡々と過ぎ行く『Lifetime』を切り取ることに成功している。
なお、各音楽誌で後に語ったところを統合すると、恐らく田中はこのアルバムのリリースを前後にして結婚している(と思われる)。ここでは、バンドのプライベートに触れることは(楽曲解説とは離れるので)極力避けたいが、「Lifework」というGRAPEVINE流のマリッジ・ソングとも言える曲や『Lifetime』と題されたタイトルは、これに由来することも大きいだろう。既に彼らは『退屈の花』畑を抜け出し、『Lifetime』に直面しているのだ。


サウンド面でも、アルバム全体としての(田中のいうところの)ルーツ・ロックのエッセンスもそのまま、さらにダイナミックに哀愁の色で包み込んでおり、彼らの入門盤としても最適であると言えるくらい、各メンバーのそれぞれの楽曲の良さが存分に伝わってくる。

ジャケットは、高度経済成長期に建てられた欧米かぶれのホテルのような映画館のような建物の入り口で、カーテンがかかっており、既に閉館していることを示しているようだ(足下のところに置かれた大きなエフェクターケースのようなケースはショーケースの看板のように電飾になっており、「☆LIFETIME&LIVING?→1/4 GRAPEVINE」と光っている)。
この表ジャケットを見続けていると、そんな閉館した建物に恋人と潜り込んで、ひっそりと、ある一人の人間の生涯を映した映画を観に行っているような感覚に陥る。

その映画のタイトルはもちろん、『Lifetime』である。

99年5月リリース。
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『退屈の花』

GRAPEVINE,田中和将,ホッピー神山
ポニーキャニオン
(1998-05-20)

 
前作にあたるデビュー・ミニアルバム『覚醒』では、新人とは思えないほどの諦観とやるせない時間、そして浮き世に対する秀逸な審査眼を垣間みせたGRAPEVINEだが、このデビュー・アルバムでは、早くもその大人びた諦観と同時に無邪気さゆえの残酷さに、2人でどこにも飛び立てずに踞る時間や1人でただ相手を思いつつもそんな自分を自分で冷静に眺めているような冴えた時間を歌っている。

何と言ったってタイトルからもう秀逸だ。
『退屈の花』。
これは、デビュー初期の彼らのスタンスを表していると同時に、退屈と倦怠の花が咲き誇る様が、新人としてカウントできないのではないかと思わせるほどの色気を持っていることの証明でもあるようだ。

前作同様、ブルース、カントリー、ファンクといった米国南部の音楽に影響を受けたサウンドも、また玄人くさく花開いている。
またジャケットも彼らには珍しくヨーロッパ風の庭園を歩くメンバーと流れるような文字が花々の萌芽を思わせる。


その上で、このアルバムの素晴らしいところは、現時点で彼らのキャリアの中でも、アルバム中、ほぼ全編(広義の)セックスソングで展開されていることである。
しかし、セックスソングと言えど、彼らのそれは、例えば、スピッツが歌うような無邪気なグロテスクとそれを彩るキッチュな世界でも、ART-SCHOOLが歌うような厭世をも匂わせるような不器用でエロティシズムが増幅されるような世界でも、ない。彼ら、と言うよりも田中の歌うセックスソングは、「日常にある性」を歌っている。
一見すると、それは、普通のことかも知れない。
しかし、多くの日常のセックスがそうであるように、彼らはその内に潜む倦怠や怠惰、堕落といったものを、ロマンチックな言葉ではなく、ただ淡々と歌うのだ。ドラマティックな感覚や胸がキュッとなるような感覚で、歌われるセックスソングも多い中、彼らはどこにも到達しない2人の関係をデビュー早くも歌っているのが末恐ろしいようでもある(これもまた前作同様、オッサンくさいとも言えるが。笑)。
もちろん「君を待つ間」や「遠くの君へ」のような純粋なラブソングもあるので、全てが広義のセックスソングとは言えない(まあ「君を待つ間」は、本項でも書いているように性愛関係を超えた上でのラブソングとも言えるが)。


また、前作でもデビュー早々にして「浮気の曲」と明言化された「恋は泡」が収録されたが、このアルバムで歌われている多くの「2人の関係」も実は、正式な恋人同士とは言えない関係が多く描かれていることもまた、特筆すべきだろう。恋人がいるのにどこかで誰かについ惹かれているような関係や言葉にすればたちまち崩れてしまうような2人の関係、惹くでも惹かれるでも駆け引きとさえ言えないような関係、様々な関係が描写されるが、実はそれは「少女漫画のようにはいかない」リアリティをもった冴えない関係そのものでもある。

少女漫画、と書いたが、往年の少女漫画では(少なくとも自分が少女漫画を読み始めた00年代半ばのそれでは)よく恋に落ちる瞬間などに花びらが舞い散ったりするようなキュートな演出がなされることが多い。そこで面白いのは、「歪つな」あるいは「奇妙な」もしくは「(遠目に)セクシャルな」2人の関係を描いている、このアルバムもまた花びらが舞っていることだ。

しかし、それは少女漫画に描かれるような、恋の喜びの花ではない、ここに咲いているのは『退屈の花』である。

2人で溺れきることもできず、どんな身に絡まっても明日思う相手もわからず、また自分自身の気持ちさえも判然としないまま、関係は複雑になる。にも、関わらず複雑化した関係の無変化な日常は終わることなく続いていく。そして、その全てがセクシャルでありながら、その全てにどこかで飽き飽きして倦怠を抱いている諦観。それこそが、このアルバムで可憐に汚く凛と咲く『退屈の花』なのだ。

このアルバムについて、田中は『Here』をリリースした頃のインタビューで当時を振り返って、「(『Here』をリリースした)今でも、曲には精液や愛液の匂いは絶対に必要で。それって生きていることをそのまま歌えているってことじゃないですか。『退屈の花』はちょっと作り込みすぎたけど、その生の感覚を一番出せていると思う」といった発言をしている。

たしかに、このアルバムにはどこかで体液の匂いがある。しかし、それが暴力的に落とし込まれるのではなく、その前に自分自身とその関係に辟易し退屈している。それが主題になっているからこそグロテスクで聴きづらいアルバムにはなっていない。むしろ、ここでは「複雑に絡まる関係」をただ淡々と映しているからこそ、虚飾のないありのままの日常がポップに展開されるのだ。

デビュー早々、『退屈の花』を作り出してしまった彼らは次にどの地平を進むのだろうか。

98年5月リリース。ボーナストラックあり。
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『覚醒』

GRAPEVINE
ポニーキャニオン
(1997-09-19)

 
(1年ぶりに更新する機会を見つけられた当ブログ。ずっと全曲解説したくてたまらなかった、個人的にはスピッツやART-SCHOOLに並ぶくらい好きな邦楽アーティスト、GRAPEVINEを取り扱うことにした。改めてlast.fmを見てみると、最もScrobbleしているスピッツの9500再生に次いで、彼らは6500再生しているので、少なくともLast.fmを始めてからは邦楽で2番めに多く聴いてきたアーティストに個人的には、なる。パブリックで書かせていただいたライブレポやレビューも好評で個人的には何よりである。個人的には彼らを聴き始めたのは、中学2年生くらいの頃だっただろうか。オリジナル盤は『イデアの水槽』から聴きはじめたものだった。彼らの魅力については、これから存分に当ブログでも書いていきたいところです)
↑この()の文はある程度の時がきたら消します。


新人とは思えないくらいの練り上げられた楽曲のクオリティと文学的な歌詞、という触れ込みでデビューしたGRAPEVINEの全国デビューミニアルバム。

メジャーからのリリースでありながら(当時主流であった8・12cm)シングルでもフルアルバムでもなく、ミニアルバムでデビューしたのはシニカルな彼らならではのスタイルだ。

ART-SCHOOLやスピッツがそうであるように、彼らもまたデビュー当初から後に全面に発揮される個性的なスタイルをこの時点で既に確立しているように思える。その面で、田中は後のインタビューにおいては、「最初の3枚のアルバムまでの俺は死んだことにしてくれ」といった旨の発言をしていた時期もあったが、そういう訳にもいくまい。
ここには、デビュー初期の彼らの魅力が早くも噴出しているからだ。


通常のバンドとは異なり、メンバー全員が卓越した作曲センスを持つ事でも知られる彼らであるが、このデビュー・ミニアルバム全体としても、オリジナルメンバー全員分の曲が早速収録されていることは特筆すべきだろう。
これまた既に、それからの彼らのスタイルで確立される、渋くファンキーな曲はギターのアニキこと西川が、それをさらに青いメロディにしながらもシニカルな曲はリーダーこと西原が、アメリカ南部のブルーズ的な憂いのある冴え切った曲はフロントマンの田中が、そして彼らとは全く違ったベクトルで並のギターロックバンドでも決して真似することができないほどポップなギターロック曲をドラマーの亀井がしたためている。

当時の第二次テクノブームを通過したダンサンブルなサウンドやヴィジュアル系が流行っていた邦楽シーンからすれば、彼らのブルーズに満ちた楽曲のポップセンスは、デビュー当初からさぞや大人びて聴こえたことだろう(ある意味では、オッサン臭いとも言えるだろうが。笑)。
なお、同時期のデビューにはいわゆる「'97の世代」…NUMBER GIRL、SUPERCAR、くるり、中村一義と言った邦楽ロックのオルタナティヴな可能性を引き出したバンドがいる。
その中でもVINEは「'97の世代」としてでなく、これまた同時期にデビューしたTRICERATOPSと(今でもしばしば)比較されることが多いことからも、彼らの卓越した演奏技術や大人びた風格が評価されたことがうかがえる。


さて、歌詞の方は現在に至るまでと同様、田中が書いている。
これまた、新人とは思えないほど(しかも彼は、邦楽シーンとしては珍しく、メンバーの中で最年少のフロントマンである)大人びており、屈折しつつも世俗への鋭い審査眼と溢れ出る情欲を切ない言葉で切り取っていくという彼のスタイルの一つが早くも顔を覗かせている。
彼の作詞スタイルの多様性とその神髄は後に発揮されるものであるが、これもまたこの時点で既に根本のクオリティの高さと哀愁に満ちた個性が見え隠れしていて頼もしい。
この作風は次作『退屈の花』で早くもある種の開花を見せることとなる。



ジャケットはファースト・サマー・オブ・ラブ期のようなクラシックなサイケデリック風のイラスト。内ジャケは、ART-SCHOOLやスピッツも使ってきた写真を伸ばしつつ転写した作風のもの(浅学なものでこのエフェクトの名前は知りません…苦笑)。クレジットのところが反転しつつ、この転写技法(?)が使われており、ビジュアル的にも往年のサイケデリアを思い出させるようだ。

『覚醒』というタイトルに反してか、反しないでか、アップテンポで大胆な曲はなく、大人びたセンスが見られる。そう、既にこの時点から彼らのエッセンスは「覚醒」しているのだ。

今でも時に折りてライブでプレイされるのは、タイトルトラックの「覚醒」くらいだが、自分が高校生だった頃の10周年記念の野外音楽堂での公演では、このアルバムの再現を演ってみせたという(自分は残念ながら観に行けなかった。これには心から悔やまれる)。

1997年9月リリース。
(デビュー10周年記念復刻版として、B面集『OUTCAST』にも収録されたRolling Stonesから引用されたタイトルも渋い「TIME IS ON YOUR BACK」の初期デモ音源と次作『退屈の花』に収録された「君を待つ間」の初期音源が収録された2枚組として、再リリースされている。そちらはちょうど10年後の2007年9月リリース)

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